松斎録

中国古典詩学に興味があります。

浅見洋二『陸游』簡評

陸游南宋の大家であるが、日本で出された訳注と言えば、鈴木虎雄、一海知義、前野直彬各氏のものが主に上がる。しかし、これらは1960年代以前のものであり、ここ最近まで中々新たなものは出されなかった。

そこで、本書が出た時は非常に楽しみにしており、どんな陸游像が示されているのか、またどのような選になっており、訳注の指摘も非常に気になる所であった。その期待は十分に果たされた書だと思う。

まず、解説を見るに、「田園」や「郷村の指導者」といった新たな、浅見氏らしい展開があり、選も他書とは重複を避けたというから、全く違う陸游像がみえてくるのである。それも意外に保守で、感慨深く、静かな陸游である。

詩の訳注を見ると、例えば、「遊山西村(p60)」の「山重水複」に、黄庭堅の跋文の用例が引かれていたが、これも新しい指摘である。銭鍾書氏の『宋詩選注』にも、銭仲聯氏の『剣南詩稿校注』にもこの跋文の指摘はなかった。むしろ多言を要して、懸命に注していた印象がある。そこを一言で破るのは、浅見氏の業績とも思う。

なお、「詩解」は、早川太基氏が「浅見読陸心解」と『読杜心解』をもじって言われていたのが非常に印象に残っている。的を射た評である。

(浅見洋二『陸游』2022年・明治書院)

 

大学院に合格して。またその課題。

先日、ついに大学院に合格し、四月に修士課程にはいることになりました。ブログを一か月ほど、更新してなかったのは、試験のためでした。これからもまた、中国文学をやっていくわけですが、ここまで来たならば、修士論文を書き、博士課程に行って、博士号もとりたいです。

しかし、このスタートラインに立つまでは、非常に長い道のりでした。学部で合計一年休学し、卒業した後も、科目等履修生という名前の聴講生をしているからです。今まで、身分に対して、風当たりが強かったですが、修士課程に入れば少しは落ち着くことでしょう。あと科目等履修生で辛かったのは、通学定期が作れなかったことですね。東京と家とを往復するだけで、1000円は飛んでいくので、非常に苦しかったです。しかし、身分の心配もなくなり、これからは別の忙しさはあるでしょうけど、少し安心しました。

これからは、半年間また科目等履修生ではありますが、修士に入るための勉強と準備とをしたいです。例えば、1、読書量や時間をもっと増やすこと、2、中国語を母語とする学者と対等に議論し、中国語の論文をもっと読めるように語学力を鍛えること、3、研究計画と学部の卒業論文を改めること、最後に、教職を取り、将来のことに備えること、等が主な課題です。

まず、1について。読書量と時間とを増やすのは、院生のなすべき読書の姿勢ではなく、学部のままであるからです。このままでは体力がつかないので、半年でもう少しつけようかと思っています。読書量については文献によるため、非常に説明しにくいところがあります。しかし恐らく、一日8から10時間は研究することになるでしょう。中国古典詩でいえば、一首平均五分で、8時間読むとすれば、100首いかないくらいは読めることになります。しかし、計算上のことであり、その日のコンディションや日程、また、詩型や難易度でも随分と時間が異なってきますから、なんとも言えないところがあります。ただ、日に60首くらい読めれば、杜甫1460首を一か月あれば読めることになりますし、超人になれなくても、超人を見習うべきではありましょう。休憩は、4時間から5時間に一回、30分くらいとれると理想的かなとは思いますが、授業や準備などで、こま切れになりながら、8時間以上を目安に確保していく計算にはなると思います。

文献については、テーマである南宋陸游と楊万里との詩あたりを重点的に読みつつ、詩話、文、筆記を読んでいくことになるでしょう。また、北宋、唐代へとさかのぼって詩を読みたいので、酒飲みで言う、「ちゃんぽん」にはなるかと思います。

2について、やはり中国語も、大きな課題にもなります。ともすれば、中国文学専攻の学生で、古典と現代漢語とを両方修めるの者は、非常にまれです。ご存知の通り、難しい道のりなのです。しかし、学部の時から現代漢語を苦手とし、あまり学習してこなかった「つけ」が今になってきたようです。留学生や学者となかなかコミュニケーションがとれずに、日本語で交流しがちになってしまっているのです。非常に残念ですし、悔しいことです。多くを読み、聴き、話すことになるでしょう。またわからないところや判然としないところは、辞書を徹底的に引き、用例を捜索し、発音を確認しなければならないと思います。また、HSKや中検を受けて、レベルを計ることを強固な習慣にしたいと思っています。そして、留学生の友人はいますから、話したり、書いたりしていくというのがひとまずの目標です。年々習慣は身についていますが、語学の達人を見ると、私のはまだまだ甘いです。修業がいるでしょう。

3は、研究計画と卒業論文とを見返すと、非常に甘く、恥ずかしいものであるからです。一言一言を見直し、また問いを鋭くする必要があるでしょう。じぶんの問いというのは、まだナマクラ刀であり、文の型が体に入っていない気がしてならないのです。

4は、以上のことをやりながら、教職を取ることです。将来が分からないがゆえに寧ろ取るべきだと痛感したからです。厳しい道のりですが、余裕はあるので、楽しんでやっていきたいですね。

 

最後に、これから忙しくはなると思います。しかし、余裕を持ちつつ、楽しく、時に厳しくやっていきたい気持ちに変わりはありません。骨のある院生になりたいですね。

 

ブログも更新していきたいと思います。御批正よろしくお願いいたします。

 

 

 

 

 

中国学を志す学生の皆様への書簡 その1

 

 中国学を志す学生の皆様、こんにちは。わたくしは、東京渋谷の丘の上に潜むたぬきでありまして、松齋と申します。最近大学院修士の秋季入試の出願をして、ようやく落ち着いた所です。みなさまはどうお過ごしでしょうか。とくに学部一年になられた方は、夏休みがもう終わるころでしょうか。わたくしは、そのような皆様に向けて少し手紙を書きたいと思います。多少の身の上話と説教とが含まれますが堪忍願います。

 まず、みなさまが中国学を志したのは、どういった理由からでしょうか。正直、この分野は、学問の流行からは追いやられた隅っこにいる学問です。しかし、みなさまにはそれなりの理由があるからでしょう。私の場合を申しますと、中学と高校の漢文の授業がきっかけです。レ点などの訓点が面白いなというところから入っていった記憶があります。しかし、よくよく考えれば、訓点というのは、国語学の分野にもあるのですが、その時は無知でありましたので、中国学も中国文学の方向に進もうと思いました。また、世界史が好きでしたので、東洋史もあわせて考えるようになりました。わたくしの高校時代は艱難辛苦の連続でして、心身の不調により、公立高校をやめ、通信制高校にも行った経歴もあります。しかし、入試では、何校か落ちながらも現役で、中国文学科のある大学に進学することが出来ました。

 大学に行きますと、驚きの連続でした。とにかく自由な気風があります。わたくしは、南関東の郊外にある、中間くらいの偏差値の高校でしたから、少し物足りないところがありました。さらに高校特有の窮屈さがありました。ですから、大学生になり、非常に感動しました。また、中国学を志す仲間が近くにいて、先生たちが色々教えてくださいます。やはり多少は、中国文学科に不本意入学して、興味を示さない仲間もいましたが、それでも私は日々食いつくように中国学に励んでいきました。先生方もよくしてくださり、とくにA先生という方はよくいろんな場面で声をかけてくださいました。期待と希望とを胸にしつつ、これらのことが何よりもうれしかったですね。また、勉強ではおしりのほうであったわたくしも、好きな勉強ならとことんできることがわかってきまして、加速度的に中国学に触れることが多くなっていったように思います。

 さて、皆さまは、どんな大学生活を送られていますか。中国学であるならば、漢文と中国語とを学ぶことになるでしょう。いきなりこれを読めと言われて戸惑う姿が想像できます。わたくしもそうでした。とくに中国語基礎の授業では、毎回のように音読させられました。当時は嫌で嫌で仕方なかったのですが、今になると語学の基礎であったことがよくわかります。

また、何曜日かの夕方には、唐代文学研究会という、サークルのような、ゼミのようなものがありまして、皆好きな詩を読んでいました。厳しい授業を耐え抜くと上級生と院生とがゆったりと漢文や詩を楽しんでいました。さらにK先生という大家がそこで見守るように指導されていまして、よくよく考えてみると、岩波文庫で本を出されていた方でした。ですからなおのこと、驚いた記憶があります。

 今までの話が大学一年生の時分でした。書いているうちに懐かしさの気持ちが胸に去来しました。先ほど、中国学は片隅に追いやられた学問だと形容しましたが、本当はもっと真ん中にいるべき学問です。なぜなら、勉強が苦手で苦痛だったこのわたくしが一年もせずに、こんなに楽しめる学問に出会ったのですから。

また続きはいつか書きましょう。みなさま頑張ってください。

 

『漢詩創作のための詩語集(大修館書店)』書評

昨今、本邦では斯文の道が廃れようとしている。李白ならば、「大雅久不作(古詩 其一)」とでも言いそうなほどでもある。そのような状況であるから、22年の夏にこの『詩語集』が刊行されたことは、作詩する人々が歓喜したに違いない。しかし、刊行の報とほぼ同じくして、同書の監修者である石川忠久氏が亡くなられたことを耳にした。ここに哀悼の意を表する。

                   〇

さて、商業出版では、2020年に川田瑞穂『改訂新版 詩語集成(松雲堂書店)』が刊行されたことに続いて、この『詩語集』が世に出された。なお、詩語集(一般的に、詩語表とも表記することもある)は、古本や同人などでは数が存在するが、部数が少ないのもあり、詩語集を必要とする人々に手に取りにくい状況にあった。とくに、作詩を志す初心者や中級者の階梯としては、非常に大きな役割を果たすのである。

 

詩語の部門の立て方としては、春夏秋冬の「歳時」の類いに始まり、「情景」、「人事」、「雑」などと続く。やや伝統的な大部門であるが、そのなかの小部門が非常に革新的である。例えば、地名の大部門の中をみると、中国、日本のほかにアフリカやオセアニアといった小部門がある。まるで、明治初期の現代のものや新しいものを取り入れようとする姿勢に似ている。全体的にそのような分類が多く、非常に驚く限りである。中国古典詩を作ることは、伝統が非常に強いものであるから、そこから抜け出そうとする努力に、一種の識見が感じられる。

 また、詳細な索引をつけたことも、恩恵を与えている。ともすれば、伝統的な詩語集というのは、部門毎の目次のみのことが多く、使いにくい一面があったからである。そのため、様々な索引で詩語に当たることが出来るのは、画期的である。

 次に採録されている詩語を見ると、二字の語は多い。しかし、平声の韻を踏む三字の用例が若干少ないうえに、一韻到底の詩を作ることがやや難しい。ここは、一東なら一東、二冬なら二冬といった三字句をもう少々増やすべきであった。

また、詩語の来歴が気になる所ではある。参考文献を見ると、『唐詩選』や『三体詩』といった選集ばかりで、かつ『唐詩選』はとくに毀誉褒貶が激しいものである。ここに偏りが生まれるのではないだろうか。また、見るならば、『全唐詩』を見て、初唐から晩唐までまんべんなく、参考にすべきだが、『全唐詩』を参考にした記述は見当たらなかった。

では、『全唐詩』も異同がある上に膨大であるから、個人の別集ごとに見るのもよいのだが、杜甫李白白居易など代表的詩人の別集を見たとの記述はなかった。『唐詩選』や『三体詩』から詩語を取ったのかもしれないが、これは少々疑問である。むしろ別集を参考にしたほうがテキストも良い上に、満遍なく、全体的に見ることができるため、信用度が高いといえる。

そのような姿勢がこの『詩語集』には見られなかったのは、瑕疵と言っても良い。そのうえ、宋や明清の詩語を見た形跡があまりないのである。これは、唐詩の比重が高い本邦の流れに沿ったものと考えられる。しかし、これは筆者が宋詩を専攻している事情があるからかもしれないが、やはり、満遍なく採るべきであったと筆者は考える。大型の詩語集でもあるから、唐詩偏重にならずに、時代に限らず、最適な詩語を選ぶべきである。

なお、参考文献に、オンラインデータベースの「捜韻」や清代に編まれた『佩文韻府』を見たとあるので、そこから採録したのであろうか。だが、迂遠な文献の当たり方であることは否定できない。宋代であれば、これもまた膨大ではあるものの『全宋詩』といったもので良いし、蘇軾や陸游王安石などの代表される別集を見て、参考にしても良かったのではないであろうか。つまり、どの文献を、どのように見たのかという部分が欠けているのである。

また、監修者の詩集を参考にしたとも書いてあったが、結局監修者の詩の語も来歴があるわけであり、その伝統の上に監修者であっても成り立っている。もし敢えて参考にするならば、確固たる根拠の明示が必要であろう。これでは、監修者に阿ったという追及を受けることになるのではないだろうか。

以上、個人的な理想論を含めて述べた。ただ、詩語集に新しい部門を建てたといった点などは、大いに評価すべきである。

(石川忠久監修『漢詩創作のための詩語集』・大修館書店・2022/07出版)

 

またまた久しぶりの更新(2023.8.25)

ひさしぶりの更新ですが、やるきがでてきたので、またやりたいと思います。最近静かに読書していたり、箚記のようなものをつけていると、色々気づきがあるものですから、また書こうとも思いました。

最近は、ようやく院試の準備をしております。書類を書くのに、苦心惨憺しておりますが何とかなると思います。

今度書きたい記事(変更の可能性あり)

〇宋詩の入門書について

〇王漁洋の神韻説について

杜甫関連

〇銭鍾書の宋詩選注について

陸游について

 

漢詩を読みたいという方々へ②Q&A編

〇むかし、漢詩の始め方 おぼえがき|東大漢詩研|noteというものを書きましたが、これを筆者である私自身が大幅に加筆修正したものです。

なお、出版社や書店、サイトの紹介がいくつもありますが、個人的な選択によるものです。また漢詩を読むというのは、日本語の訓読を以て読もうとされている方を対象としています。

今回はよくある疑問や私が躓いたところをいくつかQ&A形式でご紹介したいと思います。小難しい話が多いですが、これであなたも漢詩を楽しく読めるようになるかも?????

 

1、初心者入門から中級者になるまでどういった本を読めばいいでしょうか?

前回の記事をお読みください。

漢詩を読みたいという方々へ① - 松斎録 (hatenablog.com)

 

2、原文と日本語訳と注釈がありますが、どれも読んだ方がいいでしょうか。また読むべき場合どう読めばスラスラ読めますか?

大体の本に原文、注釈、訳というものが載っていますが、確かに、どうやって読めばいいのかと質問を受けます。まずは原文をざっと見て、訳を読み、その次に原文をもう一回確認、注釈と読んでいくのがよいと思います。すなわち対訳形式で読むわけです。

ただし訳で理解するとしても、人によって訳は全く違うものですし、全面的に頼るのもよくはありません。なので、訳を見る前に一瞬でも原文を全部読みましょう。この練習を何回も行うことで、原文からどんなことが書かれているかを把握できるようになります。

とすると漢字や語彙から意味を見い出せないと思う時があります。ここが難関です。理由を言うと一字一字の他の意味を知らないと躓いてしまっています。ここは漢和辞典を引きながら語感を鋭くしていきましょう。畳韻や双語といった二字で意味を持つ漢字もありますが、基本は一字一字のニュアンスを知っている者勝ちです。

注釈に関しても、漢和辞典を引きながら、こういう意味なのだと理解しながら読むといいでしょう。漢和辞典なしだと最初はとてもきついです。人名や典故も頭の隅に置いておくといいでしょう。難しいことを言ってしまいましたが、最初はちんぷんかんぷんですし、詩人によっては注釈者ですらちんぷんかんぷんということもありますので、ご安心を。

 

3、読み方のコツを教えてください。

詩の読み方の基本として、五言絶句(5文字×4句)、五言律詩(5文字×8句)といったいわゆる五言の詩では、2+3文字で読みます。七言では2+2+3文字で読みます。(2+2=4文字で読んでもかまいません)この規則を利用しましょう。

絕句二首 其二     唐·杜甫

江碧 鳥逾白,  江碧(みどり)にして 鳥は逾(いよいよ)白く

 2   3      2         3    

山青 花欲燃。 山青くして  花燃えんと欲す

今春 看又過, 今春    看(みすみす)又過ぎ

何日 是歸年。 何れに日にか 是歸年ならん

 

楓橋夜泊  唐·張継

月落 烏啼 霜滿天, 月落ち 烏啼いて 霜天に滿ち

2   2  3    2   2    3

江楓 漁父 對愁眠。 江楓 漁父 愁眠に對す

姑蘇 城外 寒山寺, 姑蘇の城外 寒山

夜半 鐘聲 到客船。 夜半の鐘聲 客船に至る

まずはこれが基本です。基本はこの規則ですから、切れ目のようなものを意識しながら読んでいってみてください。

4、漢詩の本って手に入れにくいですね。どうすればいいですか。

新品でそろえられないのも正直言ってありますね。一般的に買う方法というのは、Amazonやその古書、一般書店があります。

他には日本の古本屋日本の古本屋 / 全国900店の古書店が出店、在庫600万冊から古書を探そう (kosho.or.jp)という全国の古本屋が集まって販売しているところがあります。

また東京を中心に中国書中心の店があります。東京の神保町や京都に多いので、いくつか見てみるといいでしょう。

本というのは本屋やAmazonで手に入れる現代ですが、漢詩の本はおおむね手に入りにくいので、一工夫一苦労要ります。本にこんなに情熱をかけられないという方もいらっしゃるかもしれませんが、意外と楽しいですよ。

5、読むべき本の順序というのをもう少し詳しく教えてください。

基本的には、漢詩入門書→アンソロジー→個別の詩人の詩集という感じに読むとよいでしょう。

大体個別の詩人を読みだすときにちょっと難しさを感じる人が多いようですが、よくわからないのならば、杜甫、王維、李白、蘇軾あたりから読めばいいと思います。読みやすく、親しみやすい詩が多いですので、ぜひご覧ください。

個別の詩人の詩集は岩波書店が多く出しています。岩波文庫や中国詩人選集(品切れ、古書)というシリーズがいいですね。また集英社漢詩大系(品切れ、古書)もおすすめです。

漢詩を読みたいという方々へ①

〇むかし、漢詩の始め方 おぼえがき|東大漢詩研|noteというものを書きましたが、これを筆者である私自身が大幅に加筆修正したものです。

なお、出版社や書店、サイトの紹介がいくつもありますが、個人的な選択によるものです。また漢詩を読むというのは、日本語の訓読を以て読もうとされている方を対象としています。

 

 

0、前書き

私は、しばしラテン語の勉強をしていますが、どうもやりにくいと思ったことがあります。というのは、七変化ともいえる格変化の難しさは置いといて、そもそもやっている人口が少ないからというのがあります。漢詩(中国古典詩)も同じです。やりたいという人は結構見かけるのですが、始めようにも習う場所やテキストが正直多くありません。また、入門書が少ない、やり方がわかりにくい、漢詩の響きが難しそうに聞こえるなどといった理由があげられます。このような理由からどうも途中でやめてしまう人が多いようです。一応、ラテン語漢詩もやっているところはきちんとやっているのですが、情報発信がいかんせん少ないわけです。また英語の勉強法はたくさんあるのに、漢詩の勉強法は非常に少ない。自分はこの状況をちょっと危惧さえもしているのですが、まずはそれなりに入門の梯子となるような文を書いてみようと言うことで、書いてみました。

学校で漢詩にちょっと触れたことがあるという人は多いと思いますが、その先に進みたい人のための、また漢詩を深く読んだり何れは作ってみたいなと思う人のための文章です。

 

1-1、本を買うことについて

まず、用意すべき知識としては、本の買い方についてです。いきなり何?!とは思われるかもしれませんが、本の買い方ひとつで、随分と買いやすさや手に入れられる本の幅が変わってきます。また紹介する漢詩の本は古書でしか入らないものも多いので、ここはご了承ください。

大体の方はAmazonや本屋で買われていると思われますが、ネットで買われる場合は、ご存知のヤフーオークションや「日本の古本屋」というサイトで買うこともお勧めします。とくに「日本の古本屋」は質、量ともによく、私もヘビーユーザーです。例えばAmazonで高く売られている本も、日本の古本屋なら安くかつたくさん売られていることがしばしばあります。

日本の古本屋のサイトは↓↓

https://www.kosho.or.jp/  です。

文中はAmazonのリンクをはっていますが、もし古書価格が高騰しているものがある場合は、日本の古本屋でも検索してみてください。

 

1-2、読むべき本

次に本の紹介に入りましょう。

まず、そもそもの問題として、漢詩漢文のいかめしい響きの訓読に怖気づいてしまう人は多いと思います。私も入門当初はそうでした。しかし漢詩というのは、別にお硬いものでも、人生訓ばかりが書かれたものでもありません。実は恋愛の文学もあります。非常に豊饒な文学なのです。それを知るには川合康三先生の『中国恋のうた』という本がおすすめです。

中国の恋のうた――『詩経』から李商隠まで (岩波セミナーブックス S12) | 川合 康三 |本 | 通販 | Amazon

訓読に少し慣れたならば、まずこの二書をおすすめします。

漢詩のレッスン (岩波ジュニア新書) | 川合 康三 |本 | 通販 | Amazon

漢詩入門 (岩波ジュニア新書) | 知義, 一海 |本 | 通販 | Amazon

 

次に読むべきは、岩波文庫の『中国名詩選』上中下でしょうか。

新編 中国名詩選(上) (岩波文庫) | 川合 康三, 川合 康三 |本 | 通販 | Amazon

新編 中国名詩選(中) (岩波文庫) | 川合 康三, 川合 康三 |本 | 通販 | Amazon

新編 中国名詩選(下) (岩波文庫) | 川合 康三, 川合 康三 |本 | 通販 | Amazon

 

中国最初の詩集と言われるの詩経から最後の王朝である清までの詩を幅広く選んだ良い詩集(アンソロジー)です。とくに詩が栄えた唐と宋の分野が強いです。さらに、著者の川合康三先生の訳注とコラムは今後読んでいくにあたって、とても刺激になります。

また、江戸時代によく読まれた『唐詩選』というのもあります。漢詩は唐代のものがよいとされているので、一読に値します。李白杜甫といった有名詩人の詩がかなり入っています。ただこの本には少し問題があって、偏りが激しいです。なぜか白居易の詩が入っていません。

唐詩選〈上〉 (岩波文庫) | 前野 直彬 |本 | 通販 | Amazon

唐詩選〈中〉 (岩波文庫) | 前野 直彬 |本 | 通販 | Amazon

唐詩選〈下〉 (岩波文庫) | 前野 直彬 |本 | 通販 | Amazon

もし上の偏りの激しさが気になるようでしたら、同じ名前のちくま学芸文庫の『唐詩選』をおすすめします。実は中身は全くの別物です。

唐詩選 (上) (ちくま学芸文庫) | 真, 今鷹, 幸次郎, 吉川, 環樹, 小川 |本 | 通販 | Amazon

唐詩選 (下) (ちくま学芸文庫) | 真, 今鷹, 幸次郎, 吉川, 環樹, 小川 |本 | 通販 | Amazon

 

宋代の詩で言えば、銭鍾書という人の『宋詩選注』がおすすめです。これは高めかつ難しめです。

宋詩選注 (1) (東洋文庫 (722)) | 銭 鍾書 |本 | 通販 | Amazon

宋詩選注〈2〉 (東洋文庫) | 銭 鍾書, 宋代詩文研究会 |本 | 通販 | Amazon

宋詩選注〈3〉 (東洋文庫) | 銭 鍾書, 宋代詩文研究会 |本 | 通販 | Amazon

宋詩選注〈4〉 (東洋文庫) | 銭 鍾書, 宋代詩文研究会 |本 | 通販 | Amazon

 

 

1-3、詩人個人の本を読もう

ここまでいくつか本を読まれたら、次に杜甫白居易李白等々好みの詩人が出てくると思います。やはりここも岩波書店の本が結構ありましていくつか紹介いたします。

まずは古本での購入となりますが、岩波書店の中国詩人選集1、2がおすすめです。昭和30年代後半に出たシリーズで、当時京大を中心に出た新進気鋭の学者が書いたものです。また大家が書いたものもあり、今でも非常に有用です。古書価格は2000から5000円ほど、バラでも手に入れやすいので、おすすめです。運が良ければ3000円ほどで1,2のセットが丸々買えることもあります。

ちなみに内容は、1は唐代まで。2は宋代から清代までの詩人のシリーズです。唐代の詩の方が皆様親しみがあると思いますので、まずは1を買いましょう。1にある『唐詩概説』と2の『宋詩概説』は名著ですから詩の変遷を知りたいときに読むとよいでしょう。漢詩のルール(平仄など)は『唐詩概説』に載っております。

新品だと岩波文庫からいくつか詩人選集の改訂があります。またそうでないのもありますが、ひとまず主だったものをいくつかご紹介します。

杜甫詩選』 杜甫詩選 (岩波文庫) | 杜 甫, 洋一, 黒川 |本 | 通販 | Amazon

李白詩選 』李白詩選 (岩波文庫) | 友久, 松浦 |本 | 通販 | Amazon 

『白楽天詩選』白楽天詩選 (上) (岩波文庫) | 白居易, 川合 康三 |本 | 通販 | Amazon

白楽天詩選(下) (岩波文庫) | 白居易, 川合 康三 |本 | 通販 | Amazon

『王維詩選』王維詩集 (岩波文庫) | 環樹, 小川, 春雄, 都留, 仙介, 入谷 |本 | 通販 | Amazon 

『李賀詩選』李賀詩選 (岩波文庫) | 李 賀, 黒川 洋一 |本 | 通販 | Amazon 

陶淵明全集』陶淵明全集〈上〉 (岩波文庫) | 陶 淵明, 松枝 茂夫, 和田 武司 |本 | 通販 | Amazon

陶淵明全集〈下〉 (岩波文庫) | 陶 淵明, 松枝 茂夫, 和田 武司 |本 | 通販 | Amazon

『蘇東坡詩選』蘇東坡詩選 (岩波文庫 赤 7-1) | 蘇 東坡, 小川 環樹, 山本 和義 |本 | 通販 | Amazon 

他にも岩波文庫からは品切れのも含めたくさん出ています。ちなみに先ほどのべた『唐詩概説』、『宋詩概説』も文庫で出ています。いつも品切れですがたまに復刊されるので、ぜひお買い求めください。詩の歴史やルールを知るためには必須の本といえます。

唐詩概説』唐詩概説 (岩波文庫) | 小川 環樹 |本 | 通販 | Amazon 

『宋詩概説』宋詩概説 (岩波文庫) | 吉川 幸次郎 |本 | 通販 | Amazon 

また絶版ではありますが、集英社漢詩大系シリーズもよいです。比較的多くの作品が収録されています。

 

2、読む際にあると便利なもの

ようやくここまで来ました。本を買われても結構苦戦するのが読み方ですね。訓読が難しい・・・とか高校以来読んでいない!なんていう人も多いと思います。

もし本当に訓読の文法が分からないという人は以下の本をお勧めします。

『基礎から解釈へ 漢文必携 四訂版』基礎から解釈へ 漢文必携 四訂版 | 菊地 隆雄, 村山 敬三, 六谷 明美 |本 | 通販 | Amazon
 

助字といわれる特殊な字や訓読の文法が分かります。これは文の方でしょ?と思われるかもしれませんが、詩のほうでも実は重要です(大きな声でいえませんが私もたまに訓読の文法をまちがえることがあります)

漢和辞典は『全訳漢辞海 第四版』がおすすめです。おっと言い忘れました。漢和辞典は漢字を引くときに使うものと思われがちですが、熟語をしりたいときも引きます。

全訳漢辞海 第四版 | 芳郎, 戸川, 進, 佐藤, 富士雄, 濱口 |本 | 通販 | Amazon

 

 

読書案内中心となってしまいましたが、続きはまた今度書きます。読むときのコツやよくある疑問といったものを書いていきたいと思います。

杜甫の読み方・改訂

 

 

私は杜甫を厳密に読むとき、かなり特殊な読み方をしている。先日ツイートで紹介したが、反応があったので、改訂してここに再録する。

 

1、テキストは『宋本杜工部集』が望ましい。以前は続古逸叢書より1957年ごろに出ていたが、入手困難な上、価格が非常に高騰しているので、近頃出た国家図書館出版社の国学基本典籍叢刊が安くてよい。王洙らの二王本である。

 

2、『杜詩詳注』を見る。中華書局版が望ましい。ここで用例のアタリをつける。仇氏の解釈も確認する。厳密に読まない時はここで終わらせる時が多い。

 

3、詳注は、引き方がよくないうえに、間違いもあるので、杜甫以前の用例を再度確認する。他に「搜韵」などの電子索引で検索する。吉川幸次郎のように、『文選』の用例をみたいときは『文選索引』を引くこともある。

 

 また杜甫自身の用例を確認することも非常に重要である。

 

※辞書を引くときは引くが、文脈からなるべく判断するようにして、あまり引かないようにする。

 

4、諸注を確認する。またテキストの異同も適宜見る。よく見る注は、詳注以外に、杜臆、鏡詮、読杜心解、銭注杜詩。入手しにくいが、宋人の注もよい。趙次公の注や九家注がよくつかわれるに思う(なお趙次公のは、上海古籍から復元されたものがあって、これは入手しやすい)

 

最近、『新刊集注杜詩(九家注)』、『草堂詩箋』や『王状元杜陵詩史』も点校本として出たので、参考にするとよい。

 

5、日本語の訳注で言えば、鈴木虎雄の杜甫全詩集、吉川幸次郎杜甫詩注、講談社の全詩訳注がある。全詩訳注はテキストから解釈までを基本的に詳注からとっていて、前人の諸注も参考にしているので、非常に便利な書籍である。また、未刊行のところもあるが、吉川注を私は高く評価している。

 

・2023年9月17日 改訂